サンティアゴ巡礼 DAY1 レオン~サンマルティン・デ・カミーノ

カミーノ巡礼の写真 カミーノ
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DAY1 レオン~サンマルティン・デ・カミーノ 24.49 ㎞

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レオンの街を脱出する

朝起きると通りからの喧騒は消えて、街を清掃する放水と何か大きな金属のものをガラガラと引きずる音が外から聞こえてくる。昨夜はマドリードからのバスで22時半にレオンにつき、チェックインした後、美食の街、レオンで 2 軒のバルで軽めの食事とお酒を飲んでいたが、もっと行ってみたいバルはあったけれども、翌日からの巡礼を考えるとそれ以上ハシゴはできず、1 時前にホステルに戻ってきた。

当然、巡礼で朝早く出る人は 22 時にはもう寝ている!ただ宿泊したグローブトロッターアーバンホステルは、ドミトリーだけれども、カーテンで完全に遮光できるので、明かりで起こしてしまうということはなく、巡礼者の寝息が聞こえている。

バル巡りからホステルに戻って、ベッドに入り、しばらくすると、通りからスペイン語で話している声が延々とやまない。スペインは朝まで飲み歩くカルチャーがあるのだろうか。朝 4 時くらいまでそれは続いた。。。

ホステルの 2 段目に位置しているベットから寝不足気味の体を起こし、外に出ると時間は 8 時過ぎとはいえ、真っ暗だ。外気は肌寒い。通りの温度計は 8 度と表示が出ている。昨夜のあり得ないくらいの喧騒は何だったのだろうか。今日はレオン大聖堂前をゴールとしたトライアルランがあるらしくコースの設置がされている。明け方まで騒がしかったのは、今日のマラソン大会の前夜祭だったのだろうか。。

レオンのマラソン大会の救護エリアの写真

ホステルにもどり、10 時前になってから、もう一度外に出た。実はサンティアゴ巡礼に必要なクレデンシャルをまだ手に入れていなかった。日本で手に入れようと思ったのだが、発送まで 2 週間かかることもあると記載があったので、あきらめてここレオンで発行しようと思っていた。

事前に調べた情報だとレオンの場合はアルベルゲで購入できるようなので、レオン大聖堂前の有名なアルベルゲ、レオンホステルを目指す。呼び鈴を押して、クレデンシャルが欲しい旨を伝えると、スタンプを押してクレデンシャルを発行してくれた。 2 ユーロやっす!日本で発行すると 1000 円くらいするので幸先いいスタートと勝手に思う(後ほど知ったのだが、クレデンシャルは発行元で違いがあり、今回ゲットしたクレデンシャルは同じスペインで発行したものとも違っていて、紙質が安めだった。日本のクレデンシャルは日本でしかゲットできないので、事前にゲットして、他の国の人との話のタネにするのも良いかと思う。)

レオンの街は見どころがいくつかあって、豪華なステンドグラスが有名なレオン大聖堂、セント・イシドロが埋葬されているロマネスク様式のサン・イシドロ教会、ガウディが設計したカサ・デ・ボティーネスと盛りだくさんなのである。サン・イシドロ教会は冬のためか開館時間が遅かったので、レオン聖堂を見学した。太陽の光が差し込むと一層と神々しくなるレオン聖堂は是非行くべきスポットだった。1時間近く大聖堂を心ゆくまで見学したら、11 時過ぎてしまった。予定では 1 日平均 30 ㎞ 歩く予定なので、そろそろ出発をしなくては。宿に戻りバックパックを担ぎ、通りに出る。トライアルランがすでに始まっており、なかなかレオンの旧市街から出ることができない。

レオン大聖堂トライアルランの様子

こんな歴史的な街中を走るのは、なんて贅沢なんだろうと感心しつつも巡礼の初日をスタートしなければと少し焦る。

 

レオンの旧市街入り口に鎮座するガウディ設計のカサ・デ・ボティーネスを後ろ髪惹かれながら。。。w

ガウディ設計のカサ・デ・ボティーネスの写真

 

グーグルマップを今日の目的地、サンマルティン・デ・カミーノにセットし、橋を渡って街を出るもどうやらさっそく道に迷ってしまったようだ。カミーノの印(貝殻のマークや看板等)がまったく見当たらないのだ。レオン美術館を脇目に直進していると古めのアパートメントが立ち並ぶ活気のない下町に紛れ込んでしまう。またシエスタの時間帯のせいか、人気がなく、すこしビビる。どうもトライアルランが旧市街で行われていたので、カミーノの印に沿って歩いておらず道を誤っていたみたい。少しレオン市街の方角へ戻りつつ、大きめの道路と目的までのルートが交差するあたりを目指す。

「Camino de Santiago」 の標識をようやく発見し、興奮と安堵が入り混じった中で、巡礼が始まった。

カミーノ・デ・サンティアーゴの道の写真

 

軌道修正、巡礼の始まり

標識や黄色のスプレーの矢印、ホタテ貝のマークは分かれ道毎に記されていて、とてもわかりやすい。巡礼前は道に迷うことを恐れていたけど、グーグルマップを使わなくて行けるようだ。

バックパックのショルダーが異常な重さに感じる。空港で機内預けする際に測ったときは 10 ㎏ くらいだったが、肩に容赦なく食い込む。気温がどんどん上がっていき 20 度を超えた。線路をまたぐ上り坂の小さな高架橋を歩く。数歩前にタバコを吸いながら歩くオジサンが同じくらいの歩くペースなので副流煙に巻かれる。

びっくりするほど、スペインではタバコを吸う人が路上にかなりいる。屋外は喫煙オッケーな法律らしい。逆に屋内では喫煙できないらしい。あまりにも喫煙者を見かけるので、そっか、タバコって体にいいんだ!とゆー意味の分からない錯覚を起こすw

とにかくカミーノのマークを見つけながら歩き続ける。歩いていると見えてくる感じ。今日が初日のカミーノビギナーな自分はマークを見つけるたびに嬉しくなり、写真を撮る。

赤信号で信号が変わるのを待っていると後ろから「ブエン・カミーノ」と一人の巡礼者からあいさつされた。話してみるとオーストリア人でフランス人の道のスタート地点、サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから歩き始めて今日が 16 日目だそうだ。サファリ帽のような帽子をかぶっていたが、すっかり日焼けをしていて、気をつけようと思った。道が二手に分かれていて彼のガイドブックを見ると幹線道路沿いに行くコースと脇道に入りまた幹線道路と合流するコースがあるようだ。巡礼の道は一本のみと思っていたので、衝撃が走るが、いろいろと巡礼のルールを知れてよかった。気温はさらに上がり水分補給と着替えが必要と思い、工場の日陰に入り、フリースを脱いでTシャツになった。ここでオーストリア人の彼とは別れた。ちょっと前に旅行したフィリピンで買った格安のドライフルーツをかじったら、元気が出てきた。ドライフルーツと塩飴は持ってきていてよかったとしみじみ思った。

 

老夫婦との不思議な出会い

少しの間休憩を取った後、小さめの工場地帯を抜けて、また幹線道路に戻り、歩き続けると小さな町にでた。気温はさらに上がり太陽の光が容赦なく貫く。とても 10 月とは思えない気候。帽子を持ってこなかったことを後悔しながら街の中国人マーケットで帽子を買うかどうか迷ったがあまりいいデザインのものがなさそうなのと、好みではない帽子を買っても、巡礼の後、使う機会がなさそうなので買うのはやめることにした。スペインには100均はないけど、似たような雑貨屋は基本、中国系の人が商店を経営している。さらに歩くと向こうから歩いてきたスペイン人の老夫婦から「ブエン・カミーノ」とあいさつされる。すべてスペイン語で話しかけられたので、まったく何を話しているかわからない。おじいさんは話し終わるとホタテの貝殻を私に手渡した。どうやらこれを持ってサンティアーゴ・デ・コンポステーラへ行きなさいと言っているようだ。何か老夫婦の代わりに巡礼することを託されたような気がして、頑張ろうと思った。「グラシアス」と知っている数少ないスペイン語で感謝をし、お別れをして、また歩き始める。

ただ、考えてみれば、あの老人はなぜホタテの貝殻を持っていたのだろうか。まるで海岸から取ってきたようなリアルなホタテの貝殻は、打ち寄せる波でだいぶ擦れていた。巡礼路で販売しているホタテの貝殻とは全然違う。あの老夫婦はなにものなのだろうと勝手に感慨深い。

街の人から「ブエン・カミーノ」とまたあいさつされる。知らない土地で知らない人からあいさつされる。不思議な感覚だが受け入れられているように感じられ、ホッとするし、うれしくもある。

街を抜けると幹線道路から外れて脇道に入った。看板を見るとルートが合流はするようだが、この先、また二つに分かれるらしい。やはり海外のガイドブックを買って読んでおけばよかったと後悔する。オルタナティブルートに何があるのか、まったく情報がない。ましてスペイン語は理解できないので、書いてあることがわからない。もちろん、英語の説明などの看板はない。後悔先に立たずではないが、英語のガイドブックを購入することをお勧めする。オーストリア人の持っていたガイドブックはオルタナティブルートに関しても記述があった。日本を出る前に図書館で巡礼に関する本を複数冊読んだがオルタナティブルートの情報は一切なかった。

カミーノ巡礼の写真

 

幹線道路を外れて、ちょっとすると、ネットで目にしたことのある巡礼の像があった。ココにあったのかと発見にうれしくなる。ちょうど白人の中年夫婦の巡礼者が芝生でランチを取っていた。「ブエン・カミーノ」とあいさつをした。夫婦も「ブエンカミーノ」と返してくる。そのまま歩き続ける。天気は本当によく、気持ちがいい。芝生でランチは良いと思ったが、少し日差しがキツイかなと思いなおし、歩みを進めることにする。

カミーノ巡礼の写真

 

しばらく歩いて幹線道路わきの工場兼オフィスの建物が日陰を作っていたので、建物と幹線道路の間にバックパックをおろし、水を飲んだ。バックパックからサルシッチャとフランスパンを取り出して、サンドイッチを作ろうと思ったけど、面倒になり、フランスパンをちぎってはサルシッチャをつまむように食べた。このサルシッチャはレオンのカルフール系列の小さなスーパーで買ったサルシッチャ・デ・レオンというレオン産のサルシッチャらしいのだが、塩気が効いていて絶妙な味で、食が進む。美味しい!昼は毎日これでいいなと思えるくらいに美味しかった。マドリードの生ハム博物館で食べたボカディージョ(スペイン名物のフランスパンで生ハムをサンドした食べ物)よりもはるかに全然美味しい。注:ボカディージョ自体は美味しい店に行けば美味しい。

ひたすらパンとサルシッチャを交互に頬張っていると先ほどの白人が夫婦が通りすぎる。奥さんが写真撮るわよといった風に旦那さんに言って、写真を撮った。旦那さんがこんなとこ、写真映えしないよねとこっちに同意を求めてくる。確かに小さな工場と幹線道路でなんてことない幹線道路だ。もしかすると奥さんのほうが巡礼に興味があって旦那さんを巡礼に誘ったが旦那さんのほうはそこまで興味がないのかもしれない。少し会話をして、「ブエンカミーノ」と別れのあいさつする。

「ブエンカミーノ」。巡礼の途上どれだけ聞いただろうか。巡礼者にとって、魔法の言葉。「ブエンカミーノ」とあいさつしあえば、もうそこからは共通の目的を持つ巡礼仲間だ。

食べ終わってから、ペットボトルの水を飲み。パンくずをはらう。フランスパン 0.45ユーロ、サルシッチャ 1.5 ユーロ。半分余ったから、 1 ユーロのランチ。満足。スペインは酪農業国なのか、素材が美味しい。日本で言ったら北海道のような感じ。素材が美味しければ、単純な料理でも十分に美味しい!

英気を養ったので、ふたたび、巡礼を始める。幹線道路を外れて高速道路は渡れないので、道は脇に外れてダートの道。幸い雨は降っていないからいいけど、雨だと泥になりそうな道。高速道路の下を抜けるような形で遠回りしてまた、幹線道路に沿うように道は続く。この暑い中、遠回りする道を恨めしく思う。

カミーノ巡礼の写真

日差しは強く、荷物は重く、足は痛い

また幹線道路に戻った。一体どのくらい歩いたのだろうか。あとどのくらい今日は歩かないといけないのか。ふと標識が視界に入る。レオン 12 km。愕然とする。まだ 12 ㎞? 今日の予定の半分しか歩いていない。荷物は肩に容赦なく食い込む。右側のほうが重いのか、右のほうの肩が痛い。足も地味に痛い。アスファルトにトレッキングシューズは NG な気がした。

カミーノ巡礼の写真

 

もともと歩くのは好きで、旅行に出ると、旅先の知らない街を当てもなく歩くのが好きだった。ただ、考えてみれば、10 ㎏ のバックアップを背負って歩き続けることはなかったかもと思う。今時点で、 12 ㎞。日暮れまでに今日の目的地に間に合うのだろうか。少し歩調を早めることにした。

この時期は巡礼者は圧倒的に少なくてほぼ見かけない。すなわち、巡礼者向けのバルも閉まってることも多い。 I really need beer と心で叫んで、見つけたバルに直撃しようとしたら。ドアは閉まっていて、ご丁寧にごっつい金属のチェーンで締められていた。夏場だけ開く海の家の様な感じ。自販機を発見するもビールはなく、コーラも 1.6 ユーロと高い。スーパーで 0.5 ユーロ、バルとかレストランで 1 ユーロ、日本と違って、スペインは自販機のドリンクが高いみたいだ。またすべて硬貨のユーロでないと利用ができないところも、不便すぎる。

コーラはあきらめて歩き続ける。炎天下で気温は上がり続ける。日陰はなく容赦なく照り付ける太陽。日焼け止めも汗で流れてくる。ひたすらまっすぐな勾配がある道、バスや車やトラックにサクサク抜かれていく。カミーノ巡礼の写真

 

いったい自分は何をしているのだろうかと思い始めてきた。昨日はリーガエスパニョーラのレアルマドリードの観戦、めちゃめちゃ楽しかったなぁ。お金はかかったけど、圧倒的エンターテインメントだった。わざわざ日本からやってきて、せっかくの長期の休みをしんどい思いをしながら、歩きつづけている。これは一体何なんだろう。楽しいことだけしたほうがいいんじゃないのか。この選択は正しかったのか?美食の街、サン・セバスチャンに今からでも遅くないから行って美食を楽しむってのはどうだろう。今日は巡礼初日だから、わからないけど、3 日続けてこの気分が変わらないのであれば、予定変更もありかもなと思った。

幹線道路を歩くのは景色も単調で景観的には楽しくなく、日陰がないので、体力は削られる。しかもお楽しみのバルがない!足も痛くなってきた。今日は初日だから、少なめに 20 ㎞ちょっとだが、1 日平均 30 ㎞歩くことをやれるのだろうか。。

誰もいない巡礼路でただ目的地のサンマルティン・デ・カミーノ目指して、歩みを進める。たまに腿が痛くなり、足を引きずるように歩き続ける。一人しかいない大地を歩き続けると、ふと自分がウォーキングデッドのオープニングのワンカットに出てくる草原を歩き続けるウォーカーになった気分になってきた。あのウォーカーは何を思って歩き続けているのだろう?自分は何で歩いているのだろうか。

日陰で休みたいが、日陰がない。店もない。ホテルはあるが、見た目が中級ホテルだし、まだ泊まるわけにはいかない。バックパックをおろせない。だんだん意地になって足を進めてきた。休めないことに苛立ちを感じながら、歩き続ける。

ついに見つけたオアシス! でビールを飲む Oh君との出会い

幹線道路の交差点を渡り切るとようやく、バルらしき店を発見した。値段がいくらか全く分からないが、そんなのがどーでもいいくらい疲れているし、のども乾いている。ちょうど長距離トラックが数台止まっていることから、トラッカーたちの休憩場所なのかもしれない。バルにつくなりバーテンダーに「ウーノ、セルベッサ」と口にする。のどがカラカラで、声がかすれている。出てきた魔法の液体を手にしてテーブルに着き、グイっと飲み干す。。。う、まい!体の体温がだいぶ暑いことに、ビールを飲んで気が付く。当分、歩けないなと力なく思う。しばしの休憩。

バルには巡礼者らしき集団が一組いたが、疲労とのどが渇きすぎてとても話したい気分でもなかった。ただただキンキンに冷えた一杯のビールを一人で楽しむ。

カミーノ巡礼のビールの写真

 

スマートフォンでグーグルマップを開く。どうやら Villadangos del Páramo(ビジャダンゴス・デル・パラモ)という町の手前らしい。今日の予定の街まであと 6 ㎞ 近く残っている。

バーテンダーに「ラクエンタ ペルファボーレ」と覚えたてのスペイン語で話しかける。「1.5ユーロ」と言われ、支払いを済ませて、重いバックパックを勢いをつけて、担ぎ上げる。

巡礼の再開だ。バルの前の道は幹線道路との間の道で砂利で覆われている。足には良くなく、腿が痛くなってきた。良くない兆候だなぁと思っていたら、後ろから「Where are you from?」と聞かれる。先ほどのバルの巡礼者の集団のうちの一人のアジア系の人だった。「日本から」と答えると、彼は「韓国から来た」と言った。そこからはしばらく韓国人の彼と歩くことになった。名前は何回か聞き返しけど、聞き取れなかったのだけど、「Oh my god」のOh でいいよと言われた。きっと英語の会話ではいつもこの展開になるようで、慣れているみたい。

Oh 君と話しながら、歩き続ける。IT 系の大学を卒業後、インターンをして、今はヨーロッパを旅しているらしい。両親とポルトガルで待ち合わせているので、1日歩く距離は比較的多めらしい。自分は転職先が決まって、有給休暇に巡礼をしていると話した。お互いに IT 系の仕事をしていたので、話が弾む。いろいろと話しているうちに、バルの巡礼集団の内のもう一人が合流した。

アメリカ人のマイクはかれこれ、3 回目の巡礼だそうだ。といっても 10 日間くらいでサン・ジャン・ピエ・ド・ポーからサンティアーゴ・デ・コンポステーラまでの巡礼路を小分けして歩いているらしい。今回もあと 3 日したら、帰国するとのこと。日本で巡礼を調べていたころは、一気に行かないといけないと考えていたが、いろいろな巡礼の仕方があるようだと思った。もっとも日本人はあまり長期の休みは取れないから、そういう行程はなかなか難しそうだけど。

話しながら歩いていると話すことに集中しているせいか、不思議と疲れや足の痛みが感じなくなっていた。まったく目的地に着く気配がないけど、日が沈みかけている。気温が下がり、少し肌寒い。今日の目的地はサンマルティン・デ・カミーノだけど、Oh君とマイクはまだまだ歩くみたい。Oh 君はさらに 6 km先のオスピタル・デ・オルビゴまで行くとのこと。

ようやく初日の目的地に到着

日が暮れると昼間の気温が嘘みたいに下がっていく。見えてこないサンマルティン・デ・カミーノを目指して歩いていると、グーグルマップが位置を示した。街らしきものは一切なく、幹線道路沿いにポツンと建っている。Oh 君とマイクとは握手をしてここで別れる。モーテルみたいな平屋の建物。幹線道路を渡って道路の反対側に行き、今日のアルベルゲの Viera Pilgrims Hostel (ヴィエラ ピルグリムス ホステル)に着いた。足が全く上がらないほどの歩みで足を引きずるように入り口を探す。

カミーノ巡礼の写真

 

先にチェックインを済ました中庭でセルベッサを楽しんでいる巡礼者たちが入り口を教えてくれる。ベッドがなかったら、どうしようか。もう限界で今日は歩けないなぁと思って入ると割烹着のようなエプロンをした女性が宿泊するのかと聞いてきた。宿泊したい旨を話すと、今料理しているから、ダイニングルームで座って待っててと言われ、待っていると小柄のその女性はやってきて、私の名前はアメリアで巡礼者の世話をしていると自己紹介をしたあとでトイレ、シャワー、ベッドのアルベルゲの説明をしてくれた。ごはんはピルグリムスメニューがワイン付きで 10 ユーロだが食べるか聞かれる。さっき見る限りでは、このあたりはレストランもお店も全くないから、ここで食べると話し、宿泊費 8 ユーロと ディナーの 10 ユーロを払う。荷物をベッドのわきに置いて、ビールも頼む。キンキンに冷えたビールを外で飲んでいると、ごはんできたよ~とホステルから声がかかる。

ダイニングルームに行くと 10 人くらいの巡礼者が既に座っていて、ワインで乾杯した。スペイン人が半分くらいで、あとはイタリア人、フランス人、イスラエル人、アメリカ系香港人だった気がする。

ディナーはポテト、パン、サラダ、鶏モモの照り焼き、スープ、デザート。ボリュームはいっぱいだったが、味付けは普通の家庭料理なテイストで自炊できそうなレベル。これで 10 ユーロはなぁと思ってしまった。香港系アメリカ人は、何度も巡礼をしているらしく、装備の話とか少し先輩風を吹かしすぎてて、途中で笑顔が凍りついてしまった。イスラエル人は前にもこの香港系アメリカ人と食卓を共にしているようで、また始まったか的な顔が視界の横に見えた。

ディナーを食べ終わってしばらくすると三々五々とドミトリーにみんな戻っていく。

歯磨きをして、10 人くらいのドミトリーに戻り、寝袋を取り出し、ベッドに敷いた。足が本当に重くて、上がらない。明日は歩けるのかと思いつつ横になると、さっそく同室のベッドからおっさんの馬鹿でかいイビキが聞こえてきた。巡礼の情報を本やネットで調べていると必ず出てくるのが、イビキの話だが、もうそんなことはどうでもいいくらいに疲れていて、ベッドに沈み込むように、すぐに眠りの中にまどろんでしまった。

 

本日の巡礼

  • 巡礼時間: 6時間半
  • 巡礼開始と終了時刻: 12:10 – 18:45
  • 歩行距離: 24.49km
  • 天気: 晴
  • 気温: 8 – 22℃
  • ドリンク: 🍺🍺🍷☕
  • 宿泊施設: Vieira Piligrims Hostel | 8 ユーロ

カミーノデサンチアゴ巡礼1日目の工程

カミーノデサンチアゴ巡礼1日目の行程

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